第10回
田辺新一氏 (早稲田大学創造理工学部建築学科・教授) に聞く
"未来環境制御"

23℃と26℃の不思議

— デンマークにも冷房はありますか?

冷涼な地域なので、建物の中に外気を取り入れれば冷房がなくても快適なので、暖房が中心になります。OA機器などの発熱量が大きい一部のオフィスビルでは冷房していますが、その数はあまり多くありません。ただ欧州全体では、最近増えてきていますね。車の話になりますが、80年代は冷房付きの自動車もありませんでした。でもいまは、ほとんどのヨーロッパの車にエアコンが付いています。少しでも暑い時期に冷房の快適性を実感してしまうと、すぐ普及してしまいますよね。
でも、デンマークの研究者のなかには、自然換気と空調とを併用し、必要なときだけ冷房する方法を考える人たちがいます。冷房だけで冷やす、という考えではありません。

— デンマークより暑い東南アジアでは、自然換気より冷房が主流ですね。

そうですね。その冷房について興味深いことがあります。今年1月にシンガポール大学で講演したのですが、講演会場が寒かった。聞けば冷房で23℃にしているというのです。「どうしてあなた方はこんなに寒くて講演できるのか。日本では冷房温度は26℃で設計している。シンガポールの温度は低すぎる」と話しましたところ、納得している人たちもいました。
23℃と26℃の違いが不思議なので、その理由を長年調べています。冷房温度に関する古い記録を調べたところ、霞が関ビルの竣工時の測定記録は26℃でした。日本の建物でBEMSが1980年代から導入されている外資系オフィスでも25〜26℃。つまり日本ではオイルショックの前から冷房温度は25〜26℃でした。
1940年に発行されたウイス・キャリアの書籍「モダンエアコンディショニング」の中には、アメリカ暖房換気学会 (ASHVE) の文献が引用されていて、文献には外気温32℃のとき冷房設定温度は26℃と書いてあります。
井上宇市先生の「空気調和ハンドブック」はこの文献を引用して書かれています。つまり、この文献から始まっている日本の冷房設計温度は最初から26℃だったことがわかりました。

ところがアメリカでは、1970年代に空調に関するマニュアルを改訂しました。改訂の理由は、24時間空調するような高級な場所では、高級な空調として温度が低くないといけない、というもので、改訂版の冷房設計温度は23℃に下がっています。
冷房設計温度が23℃になると、空調機のコイル列数や供給冷水温度、冷凍機能力など、空調設備システムの構造が大きく変わります。要するに、マニュアル改訂以降は23℃用のシステムが作られるようになりました。
シンガポール、台湾、香港などは70年代以降に冷房が普及し始めたため、アメリカの改訂マニュアルを使って設計したのではないか、というのが僕の仮説です。彼らは、26℃では蒸し暑くてしょうがない、26℃はだめだ、より冷えている23℃の方が良い、と言います。 でも僕はそうじゃないと思う。だからアメリカ人には「あなたたちのマニュアルは良くない」と言っています。実際に、シンガポール大学の研究者が調べたところ、シンガポールのオフィスではみんな寒いと言っていて、女性は日本のユニクロのヒートテックを着ているというのです。ですけど、23℃に冷房するために設計した空調設備システムですから、26℃に設定して運転しても適切に除湿されなくて、オフィスが湿った雰囲気になってしまい快適にはなりません。 これと同じことを日本も東日本大震災のときに経験しています。日本の空調設備システムは冷房26℃用に作られています。ですから、26℃より高い29℃とか、それ以上に設定したとき、適切に運転できない例が多くみられました。知覚空気質が不快になるのです。26℃用のシステムですから、それより高い温度では除湿できないのです。人は高温多湿な空調空気をまずく感じる、ということは研究でも明らかになっています。

中国にも、冷房設計温度は26℃で問題ないという先生もいます。26℃のためのシステムを設計し、26℃で冷房すれば快適なのです。ただし設定温度を変えるだけではダメで、空調設備システムの設計を変えないと快適にはならないことには、注意しなくてはいけないです。

最近、日本の除湿技術は非常に注目されています。シンガポールの人も快適な空調について模索しています。東南アジアは冷房のエネルギー消費量が高くなりやすい気候ですから関心も高いわけです。
アメリカのものが全部が良いというわけじゃないですから、日本で培った技術・ノウハウの良さをもっと知らせていくといいと思います。東南アジアの気候を知る日本は、もっともっと技術貢献できます。

空調は変わらなくてはいけない

— デンマークの冬は寒いですが、建物の断熱性は高いのでしょうか。

デンマークの建物の断熱性は高いですね。それと比較して日本では、建物の外皮の性能があまりよくありません。外皮の性能を良くしていかないとエネルギー消費量の減少につながっていきません。
たとえば、外皮の性能が低くて、建物内部では照明・パソコン・人からの発熱量が多いケースを考えてみます。外皮の性能が低いから内部の熱が外に逃げていく。余分な熱が逃げるのだからいいことだ、という言い方もありますが、これからは違ってきます。最近では、照明もOA機器もどんどん開発が進んでいます。照明などは激変といってもいい。新しい蛍光灯の発熱量は15W/㎡くらいですが、LED照明を調光した場合は5W/㎡以下にまで下がります。パソコンなどOA機器の発熱量も、少し前までは20W/㎡ほどだったのが、いまでは10W/㎡以下です。つまり建物内部の発熱量は減少しているのです。
こんな状況下で建物の中を冷房・暖房するわけですから、建物内外の熱の出入りはできるだけ少なくするのが基本です。だから、外皮の性能が低くて空調の性能だけが良ければよいという状況は、ちょっとおかしいと思っています。
たとえば、あるガラスの容器があって、中の水を一定の温度に保つためにはどうしますか?と質問されたら、普通は冷めないように容器の周囲に布団を巻きます、なんて答えますよね。まず断熱が重要なのに、いまの建物は、言ってみれば、効率的な空調機で水を温め続けている状態ですから、それはおかしい。
だから、まずは外皮です。次に空調システムがある。ですから将来的に、空調システムは小さくなっていく方向だと思いますね。断熱の例として述べましたが、もちろん日射遮蔽も重要です。

いまは、ビル用マルチエアコンが全盛ですけれども、欧州では冷媒の問題も指摘されている。建物内の発熱量が小さくなれば、状況は変わってきますから、冷媒で冷やすだけでなく、水で冷やすという方法もあると思います。たとえば地下水を利用した空調がもっと一般的になるかもしれません。かつて日本ではダメだと言われていた放射空調も最近では可能になってきています。空調機そのものにも、新しい技術開発の余地はたくさんあるはずです。ZEB (ゼロ・エネルギー・ビル) 実現のために冷暖房空調の技術革新はものすごく大切です。先端的な技術開発を続けていくべきだと思っています。

さらにいえば、これからの社会では、建築設備分野でも、量だけではなくて質が価値を持つ時代になっていきます。従来型のビジネスなら、多数の空調機器を設置すれば工事費が増えて高く売れる、と量で考えがちですが、今後は、なるべく削ぎ落としていくような設計やシステム、新しい価値やサービスを提案していく必要がある。質のビジネスに変わっていかないといけません。空調でいえば、効率的な設計・施工に加えて、高品質な空気・環境・サービスなどを提供するようなことです。これからは、高い質を提供できる企業の価値が上がっていくのではないでしょうか。

— 「質」はこれからの重要な要素になりますね。

カタログから選ぶだけでは未来はない

— 空調技術のこれからの課題について、もう少し聞かせてください。

現在、空調システムの設計は、多様な機器類をどう組み合わせて高次のシステムを作るかという部分に価値があるわけです。しかし、設備設計者がカタログから機器を選ぶだけでは近いうちにダメになります。僕は学生に「家庭用のエアコンを選ぶような感覚で、この部屋にはカタログに載っているこの機器を、と選んでいるだけでは、この仕事はなくなっちゃうよ」と言っています。
機器を選ぶだけの仕事は、コンピュータで自動化できてしまいます。すると、選ぶだけの設備設計者の仕事はなくなってしまって、いずれはメーカーや工事業者が機器を設置するだけで空調システムは完成する、という世界になります。
「われわれの価値とは何か。きちんと価値観をもって仕事をしないと、構造設計者も意匠設計者も、設備設計者もいらなくなるよ」と学生に言っています。たとえば最近、グーグルが簡単に使用できる建築設計ソフトを作りました。条件を入力すると、建築のある程度の3次元図面みたいなものが描けるそうです。こういう技術が発展すれば、建築設備設計のルーチン的な仕事はなくなってしまいますよね。そうなると、将来生き残るのは、デザインやコンセプトを考える人や企業になります。実際、いまの仕事はそうなりつつあります。

— 誰にでもできることはマニュアルに置きかえられ、独創性に価値が高まるのですね。

空調は内需を生む

次に踏み出す、といいますか、たとえば空調の方法とか空調機の形とか、もっと根本的なところに改良があってもいいような気がします。

— たしかに、基本的なところはあまり変わってないですね

空調技術はすごく大切です。ところが、いまから10数年くらい前、ヨーロッパの多くの有名大学では、空調設備分野の研究をやめてしまいました。空調はもう古い技術だといって、ロケットや航空機の研究に進んでしまったのです。
空調分野の研究を続けていたのは、東ヨーロッパの大学だけになっていました。私が行っていたデンマーク工科大学の研究所は、世界で2番目に古い空調の研究所ですが、そんなデンマークでも斜陽化していました。ちなみに、いちばん古いのはドイツのベルリン工科大学ヘルマンリーチェル研究所です。デンマークより2週間早く開所したそうです。そこもやっぱり斜陽化していました。
ところがその後、省エネルギー型社会、低炭素社会を作らないといけないと言われるようになり、最近になって空調設備分野の研究が息を吹き返しています。空調の研究は、エネルギー問題の解決に非常に貢献できるということになってきているからです。いまヨーロッパの大学では、空調・電気設備分野における省エネルギー技術の研究や、その技術者養成に人気があります。
そのうえ空調設備は、内需性がきわめて高い産業であることも魅力です。太陽光パネルを外国から買ってきて取り付けても、それほど自分の国にお金は落ちませんが、空調設備は内需を生んでくれます。それでまた人気が復活しているのです。日本もきっとそうなると思います。

— 内需性が高いと言いますと?

空調機を買ってきて取り付けるとしますね。空調機はその国の気候に合わせて設計された国産製品が多いですし、施工するために働いている人も国内の人が多いですね。それで内需になるわけです。改修工事でも国内にお金が落ちる。だから内需性が高いのです。

しかし、たとえば携帯電話でいえば、日本ではいまは海外から購入していますね。これでは貿易赤字になります。携帯電話に日本製の部品が使われていても、機器を外国から購入する、ということは赤字の大きな原因になります。

— そういうことですか。では空調機メーカーの分野はどうでしょうか。

制御関連の技術革新が著しいですね。たとえばいまのルームエアコンには、人や部屋などをセンサーで検知し、暑い場所があると、風量を変えたりする制御機構が付いています。要するにメーカーでは自動で制御してくれる頭のいいエアコンを開発しています。
アメリカでは、アップルとグーグルが開発したスマートフォンやクラウドを使って空調を制御するシステムが市場に出てきています。ほかにもたとえば面白い企業の例として、Nestという住宅用のリモコンを作っている会社があります。もともとのアイディアは、カリフォルニア大学の博士論文で研究されていた制御ロジックです。デザインがすごく良かったためヒットしました。2011年設立の会社ですが、2014年1月にグーグルが32億ドルで買いました。日本にも上陸するとのことです。
別の会社では、ルームエアコンなどのリモコンを赤外線で集中制御する装置を販売しています。部屋にある家電を遠隔操作でON/OFFできる装置が、1万〜2万円です。
これらの例からわかるように、ICTで一気に省エネルギー化できる可能性が出てきています。計測制御の分野は競争が激しくなりますね。われわれも注目して研究を進めています。

次は、エネルギー・マネジメントについて

スペシャルコンテンツTOPへ

ページトップへ