第7回
後藤英司氏 (千葉大学大学院教授) に聞く
"植物工場が開く未来"

植物工場は日本が最先端

— 植物工場の研究というのは日本が進んでいると聞いていますが、海外の研究レベルはどの程度なのでしょうか。

30数年前から日本はレタスなどの食用野菜を植物工場で育て始めていて、いちばんいい成果を出して世界を引っ張っているのは間違いないと思います。海外の研究だと、同じ頃アメリカのNASAでは、月面基地で食べ物を作ることを計画して、農学系大学とか理学部の生物植物系の大学などが研究プロジェクトを始めています。

月面に基地を作ったときに多少なりとも生の食べ物を食べられるようにしようと、日本のレタス工場と同じようなものを月面基地に作って、レタス、トマト、小麦、イモ、ジャガイモ、落花生など8作物ぐらい候補作物を決めて、いろいろなアメリカの大学が実験していました。

— アメリカの場合は月面基地計画での先端研究という目的で、閉鎖空間の生態系みたいな研究をした。かたや日本は地球上の普通の空間で、食べ物を作る研究に進んだ、ということでしょうか。

そうです。ちょうどその月面農業の研究をしている時期に、たまたま私は大学の助手時代で33歳のときでしたが、文部省の在外研究員制度で1年くらい研究留学に行っていました。アメリカのプロジェクトは農産物として売るという考えはなくて、ひたすら月で作って月で食べるぞというものです。他にも、南極基地に植物工場ユニットみたいなのを作ったり、とにかく農業というよりは特別な地域で農作物を作って食べる技術を完璧なものまでもっていこうとする情熱がすごかったですね。

NASAの研究所には宇宙ステーション用の円筒形の胴体があるんですけれど、ほとんど開発が終っていた時期だったので、その胴体を2ユニットくらいNASAの生物系の研究実験棟に持ち込んで、円筒形の丸い中にランプをいっぱいつけて小麦を育てるという実験もやっていました。

— 日本の植物工場研究が、畑の農業野菜に取って代わろうという方向なのは、日本の食料自給率がアメリカのように高くはないからでしょうか。

そうだと思いますね。私がちょうど20年くらい前にアメリカに留学して、すでに日本ではレタス工場での商業生産が始まっていると紹介したら「植物工場は、宇宙農業には向いていると思うけれども、アメリカではどの季節でもどこかで必ずレタスが作られているから、日本のレタス工場技術は我々にはいらない」といってました。アメリカは南北に長いのでニューヨークとかワシントンとかボストンで野菜が少なくても、フロリダなどで作られたものがトラックに乗せられてやって来るのを食べるわけです。

収穫が5倍、10倍のハイテク植物工場

さっき光エネルギーの変換効率は2%といいましたが、それは、ちゃんと光合成できる環境条件だったらという話で、実際にはもっと下がることもあります。曇りも雨も、寒い暑いもある自然の環境で植物を育てる農業では、植物は光合成する力を100%発揮できていなくて、半分以下なんです。光や気温、湿度、空気中のCO2濃度とか、これらを変化させたり、いろんな組み合わせができる植物工場だと、光合成する力をもっと上げて、植物が生きている間ずっと100%の効率で育ててあげることができるかもしれません。そうすれば、飛躍的に生産性が良くなることも期待できます。

— 飛躍的というと?

畑の農業に比べると土地面積当たりの生産量が5倍とか10倍ですね。5倍、10倍というと驚かれるんですが、光合成する力を100%出せる環境を作ると、植物は畑の倍ぐらい成長します。それを多段式にすれば土地面積当たりの生産量はさらに上がって5倍、10倍になっていきます。

植物工場は「工場」でないといけない

— 私たちは空調設備の設計・施工をする会社ですけれども、今後、植物工場の研究が進む中で、何かできることがあるでしょうか。

植物工場は、一般の工場などと比べると、照明がたくさん入っている空間なので、照明からの発熱量がどのくらいとか、その熱がどこに流れていくのかをはっきりさせることは非常に重要です。多段式の棚だと温度ムラ、湿度ムラ、風速ムラとか出てくるんですね。そういうムラがあると、歩留まりが落ちることが問題です。例えば、温度ムラのせいで、100株のうち98株は今日収穫できるけれど、2株は明日収穫しないといけない、なんてことになると生産管理が大変です。植物工場って、「工場」と名がついてる限りは、それじゃあいけない。100株を一度に出荷して、この棚は次のタネを植える、というのが一番いい。だから植物工場は均一な環境で、100%フルにパフォーマンスを発揮させる場所で、計画生産できる場所でないといけないのです。そこに空調技術の開発余地がありますね。

— 環境を整えることで、一斉に刈り取って、一斉に出荷するわけですね。 畑の農業だと、今年は日照が少なかったから収穫量が減ったとか、今年は虫に食われてしまったから品質が悪いとかいって諦めるんだけれども、植物工場は歩留まり99%以上を求めるようなシステムですね。

植物工場の特徴は、人為的に環境をコントロールして植物の成長がいちばんベストになるような状況を作ってあげられることです。計画生産ができて、同じ品質のものが365日、計画した個数を出荷できるということなのです。しかし、実際に運用してみると、ばらつきがあるんですね。

植物工場の研究をしているのは農学系の人たちなので、光質とか光の強さが植物に及ぼす影響を調べるのは得意で、ほかにも風速を変えたり温度を変えたりする装置を作って実験するのはできるんですけれども、やはり空調は、空調の企業さんの技術が必要です。つまり、我々農学系の研究者は問題提起はできるけれども、それだけでは完成しない。だから、新菱冷熱さんみたいに空調や環境制御をやっている会社さんには、よりいい環境制御システムを作る部分をお願いできたらと思いますね。

次は、「学生への教育」についてです。

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