第8回
坂本雄三氏 (建築研究所理事長) に聞く
"低炭素文明を目指す理由"

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第8回は独立行政法人建築研究所の坂本雄三理事長に"低炭素文明を目指す理由"について伺いました。

省エネルギーは人間としてやるべきこと

— まず坂本先生のこれまでのご経歴、豊富なご経験を含めて、なぜ低炭素社会を目指すのかというお話をお聞かせ願いたいと思います。

なぜ低炭素社会かといえば、もちろん、地球温暖化を防止するためでしょう。それがいちばん大きな理由です。大半の人が、IPCCつまり「気候変動に関する政府間パネル」に基づき地球温暖化防止策が必要だと考えています。温暖化に関する懐疑論もありますけれども、懐疑論はどれも不十分なものです。ですからやっぱりIPCCの言っていることがだいたい正しいのではないかと僕も思っています。

また、日本はエネルギー資源が少ない国だという点から考えれば、省エネルギー技術は絶対必要なものです。たとえ資源が豊富な国であっても、化石燃料はいつかは枯渇しますから、省エネルギーは人間として取り組むべきことのひとつなのです。省エネルギー化への努力が低炭素社会の実現につながります。なぜ低炭素社会を目指すかといえば、温暖化防止と省エネルギーの2つが大きな理由ですね。

— 低炭素社会についてどのようなご研究に取り組んでいらっしゃいますか。

1978年に当時の建設省建築研究所に入ってから35年ほど省エネルギー建築をテーマに取り組んできています。特に空調関係の省エネルギーが主です。それと、国の省エネルギー基準をどうすべきかということにも取り組んできました。

幸いなことに、日本では省エネルギーへの社会的関心が年々高まり、そのおかげで、省エネルギー基準は非常に充実してまいりました。内容も深掘りされ、省エネルギー基準が使われたり、引用されたりする場面はますます増えています。最近では、政府の日本再興計画でも触れられていて、2020年を目途に住宅も含めた建築物の省エネルギー基準を適合義務化するとうたっています。つまり日本に建つ建築物はみんな省エネルギー基準を守らなければならなくなるわけです。それくらい社会が関心を持ってくれるようになりました。

今は文明の大転換期

— 坂本先生は「低炭素文明」という言葉を使っていらっしゃいます。それはどのようなお考えからでしょうか。

この話は東京大学での最終講義でも話したんですけれども、たとえば住宅に焦点を当てた低炭素化を考えてみましょう。30年以上も前から国土交通省は省エネルギー基準の中で、住宅の省エネルギー化にはまず断熱しなさい、といっています。断熱は効果が大きいので、まず採用するべき省エネルギー手法なのです。ところが、断熱しなくていいという建築の実務家が今でもいっぱいいるんですよ。かつては、世界的な建築家の方でも「冬が寒かったら厚着すればいい」といい、自分の設計している建築にはそんなゴテゴテした設備は置かない、というようなことを、平気で新聞のコラムなどに書いていました。ほかにも、日本の建物は風通しがいいのが本来のスタイルであって、建物の断熱化や気密化は邪道であるかのように、社会的な業績のある人が平気で言ったりすることもあります。

しかし、いまの住宅は昔の家とは違うんです。多くの家では化石燃料や電気を使って暖房をしています。この暖房エネルギーを減らすには断熱が非常に効果的であり、高断熱化によってわずかな暖房でも暖かい家ができるのです。断熱するということは、外の環境の変化に対して熱的にしっかりコントロールするという発想で家を造るということです。40年前までは、寒冷地を除けば、こんな発想で建物を建てるということはなかったので、建築関係者にとってこの発想はカルチャーショックであり、認められない考え方なのかもしれません。しかし、すでに明治維新において、われわれ日本人は文明の大転換や考え方の大転換を経験しているのです。幕末のころから、ちょん髷を切り、鉄道・軍艦・電気に代表される西洋文明を取り入れました。柔軟だがひ弱な日本文明のなかに西洋の「パワー技術」文明を導入したわけです。日本人はすでに、新しい文明や考え方を受け入れる経験をしているのです。ですから、住宅の断熱については、一部の人たちだけがよく考えずに「攘夷」に走っているのかも知れません。

そういうことで、幕末から明治維新にかけて日本人は何を考えどのように行動したのか、ものすごく知りたくなって、歴史物の本をずいぶん読みました。司馬遼太郎が大好きで、ほとんど全部読んでしまいました。そのうち、省エネルギーにおいても「文明」というのがキーワードだなと思ったわけです。エネルギーを有効に使うという考え方がみんなの中に染み込むためには、「技術」などよりは「文明」という言葉がよいと思ったのです。オーバーに「低炭素文明」くらい言ったほうが、カッコがいいんじゃないかということです。しかし、世間やメディアの反応はほとんどなかった (笑) 。

— 歴史的な背景を踏まえた言葉なんですね。

省エネルギーや省CO2にはいろいろな観点から総合的に取り組むべきだということを示すために「文明」という言葉を使っている面もあります。やっぱり文明の転換なんです。世界中が全部、西洋文明に右へならえで、エネルギーをたくさん使うようになってきています。東南アジアもアフリカもです。だからそういう流れに対抗しようという意味でも日本は低炭素文明で行くべきですし、世界中が低炭素文明になればいいという意味もあります。

お金を投入する優先順位を上げる

— 低炭素文明を実現する最大の課題は何ですか。

低炭素文明の実現に向かっては、もともと日本に存在する、ものを大切にする気持ちが下地となり有効にはたらいていくでしょう。ものやエネルギーを大切にする気持ちは日本の社会的規範のなかにちゃんと入り込んでいます。このことは3.11の大震災以後の節電に対する取り組みなどによって実証されていると思います。しかし、気持ちだけでは、省エネルギーや低炭素文明は十分に実現するとは思えません。社会として低炭素化にお金を使うぞと決めなければ、十分には実現できないと思います。現実的には、そのお金がいちばん難しい問題です。たとえばここ (独立行政法人) 建築研究所の話をしますと、いっぱいある実験棟や実験室の中でエネルギーの無駄が出ている棟や室はだいたいわかっています。それは環境実験や材料養生のための恒温恒湿設備を持っている棟や室です。しかし、その省エネルギー化のために、毎年の一定の予算の中から何かを削って予算をつけるということは、すぐにはできません。まあ切羽詰まれば、即やるんでしょうけれども、そうではないから、いずれやるということで数年放置してしまっているのです。全国でみれば、ここと同じような状況の機関や組織は多いと思います。

僕が前に勤めていた東京大学では、当時の小宮山宏総長が発案して「東大サステナブル・キャンパス・プロジェクト (TSCP) 」というのを立ち上げ、僕も参加しました。たとえば電気代を2%ほど高くして各研究科から徴収し、それで予算をつくって省エネルギー改修に投ずるということをしていました。要するに省エネルギーを実践するかどうかは、お金を投入するかどうかだと思うんですが、お金を投入するには、気持ちとか気合いとかいう人間の心の問題も影響します。それがいちばんの課題ではないでしょうか。

いまや省エネルギー技術というのは、新菱冷熱さんも含め多くの機関で研究されていて、たくさんの技術・製品が世の中に提案されています。あとは個人も含めて社会全体がいかに省エネルギーにお金を使いたいという気持ちになっていくかが問題です。ですから、それを促すようなルールや制度を設けることが重要じゃないでしょうか。

— 省エネルギーへの気持ちを高める制度ですね。

お金をどう使うかというのは、たとえば国の予算にしたら、年金を含め社会福祉関係をどうするのか、あるいは、お金が足りなかったらもっと増税すべきなのか、などなど、たいへん複雑で難しい問題がいっぱいあります。意見がすごく分かれてしまいます。だから金の使い方を変えるというのは、そんな簡単にできる問題じゃないんです。「難しい問題が予想されますが、それを乗り越えて、なおやりましょう」という気持ちにならないといけません。

— そういう意味でも、いまが転換点なんですね。

だから「文明」なんだ、というわけです。CO2の話だって、数字を並べて論理的に低炭素化しなくてはならないことを完璧に証明することはできません。ですが、低炭素文明への転換は人間が生き延びていくために必要なことだとみんなに納得してもらう以外ないと思います。

次は、低炭素社会への意識変化について。

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