第1回
江崎玲於奈氏 (ノーベル賞物理学者) に聞く
“企業における創造性”

新しいものは組織化された混沌の中で生まれる

— 当社も、創造性を持って変革を起こし、新しい価値を作って世の中に届けたいといつも思っているんですが、企業が創造性を発揮し続けていこう、というとき何が一番重要でしょうか。

どこまでトップダウンにするか、どこまでボトムアップするか、という兼ね合いですよね。その兼ね合いを一言で表現すると、”Organized Chaos” つまり組織化された混沌です。「Chaos 混沌」と「Organize 組織する」は対立する言葉ですが、要するに、各人それぞれの活動を見ると混沌としているようだけど、全貌を見ると組織化されているということを言っています。各人は自由で自分勝手に活躍して、その創造性を発揮しています。しかし、二律背反のように、トップの方は重点課題に焦点を合わせて秩序ある体制を固める。オクシモロン (Oxymoron) とは意味の対立する語句を並べて新しい意味を創造する撞着語法です。「急がば回れ」、「公然の秘密」などがそれですが、「組織化された混沌」も新しい意味が創られると言えるでしょう。トップダウンが強くなると、先程の分別力の良い人たちなんかは、いい仕事をするかもしれないけれど、創造性は生まれてこないですね。”Organized Chaos”でないと創造性が発揮されにくいでしょう。重要なキーワードです。

エサキダイオードを作った時代の東京通信工業株式会社 (現在のソニー株式会社) というのは、非常に面白い会社でした。統一が取れていないような面もあるんですが、重要なところでは井深さん、盛田さんといったトップの方がコントロールしていた。あれは、”Organized Chaos” だったと思います。ですから、いろいろな新しいものが生まれた。

— 当社も創造性の基になる“組織化された混沌”を創業以来、目指している面があると思います。
例えば、社是でも実力重視を謳っていて、年齢に関わらず社員のやる気を尊重するところなんかそうでしょうか。

サイエンスとテクノロジー

— 先ほど、ご自身のシナリオの中で、科学を工業に持ち込んだとのお話がありましたが、サイエンスとテクノロジー (科学と技術) の関係は、どのようにお考えですか?

「科学技術」という言葉が日本ではよく使われます。しかし、本来、科学と技術=サイエンス&テクノロジーと言うべきです。ところが、日本で言われる「科学技術」には、科学に基づく技術というニュアンスが非常に強く含まれています。「科学技術」という言葉は、私が知っている限りは戦争中にできた言葉だと思いますが、科学と技術とは随分違うんです。科学、すなわちサイエンスは、もともとは役に立つとか立たないとかに関係なく、自然の営みに関する知識であり、その研究は自然への理解を深めようとする行為なんです。

サイエンス (科学) が非常に強力なのは、進歩するという点です。芸術や音楽などは変貌を遂げますが、科学のようには進歩しません。その科学に基づくテクノロジー (技術) 、すなわち、機械工学、電気工学、化学工学などは19世紀に生まれました。科学の成果をどういう風に役立たせるか、これが技術ですね。科学の価値は、どれほど新しい知識か、という点で評価されます。いろんなシーズを作りだすといっても良いかもしれません。それに対して、技術開発とは、世の中のいろんなニーズと科学のシーズを結びつける活動であると言ってもよいでしょう。例えば、シーズをニーズに結びつかせることをやっているのがシリコンバレーです。そこでは、科学の知識を技術にもって行くことばかりに専心しています。つまり、自然界のルールを解明する体系的な知識が科学であり、それを社会や企業の利益、医療の向上のため活用するノウハウが技術です。画期的な科学知識が大きく富に変換されることをイノベーションと呼び、それが我々の近代文明の推進力です。

— イノベーションはまさにそうですね。非常にそう思います。

企業からすると、科学とどう結びつくか、ということが非常に重要になってきます。創造性の発揮という意味では、できるだけ早く科学の情報をキャッチするよう触角を伸ばしておく。できるだけ早く吸収する。これはどこの企業でもそうですが、自分のところで基礎研究して、新しいものを作り、それを応用に持っていく、そういう時代じゃなくなってきているわけです。新しい科学を常に見ながら、それをいかに自分のところでイノベーションを起こして、技術にして、それで富を作るかということを考えなくてはならないわけですよね。

さきほど言ったように、21世紀はいかに人間の寿命を長くするかということが大きな課題だと思うんですね。そのため、良い環境づくりは不可欠。職場や生活する環境を良くしなくては、長く健康を維持することが出来ないことがだんだんわかってきた。そういう意味で、新菱冷熱は21世紀的な非常に重要な仕事を頑張っていただきたいと思うんです。

— はい。これからも社会へ新しい価値を提供するために、頑張っていきたいと思います。今日は本当にありがとうございました。

聞き手 中央研究所長

江崎 玲於奈 (えさき れおな) 氏

1925年大阪府生まれ。物理学者。
47年に東京帝国大学 (現・東京大学) 理学部物理学科を卒業し、川西機械製作所 (現在の富士通テン (株) ) に入社。56年には東京通信工業 (株) (現在のソニー (株) ) に入社。57年に量子トンネル効果の研究中に画期的な素子 (トンネルダイオード、またはエサキダイオード (※) ) を発見。73年ノーベル物理学賞を受賞。74年文化勲章、98年勲一等旭日大綬章を受章。筑波大学学長や芝浦工業大学学長などを務め、現在は横浜薬科大学学長、茨城県科学技術振興財団理事長。

※ 固体でのトンネル効果を初めて実証。このダイオードは、負性抵抗特性を備え、高周波の増幅、発振など極めて優れた性能を発揮する。

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