第5回
嘉納成男氏 (早稲田大学建築学科教授) に聞く
"建築生産の過去・現在・未来"

識者の方々が語るさまざまな提言を、スペシャルコンテンツとして発信します。
第5回は早稲田大学建築学科の嘉納成男教授に"建築生産の過去・現在・未来"について伺いました。

建築産業が注目されていた時代

— 嘉納先生といえば建築生産のご研究だけでなく建設企業の実情に関してもお詳しい方です。当社とは国土交通省の住宅・建築先導技術開発助成事業で共同研究させていただいておりましたが、それ以前にもグループ会社を含め長い間お世話になっております。

そうですね。以前、早稲田大学と岐阜県とが共同でWABOT-HOUSE (ワボットハウス) というプロジェクトを進めていて、そこで3次元CADを活用した研究を行っていたため、モデル作成やシステム構築を新菱冷熱さんのグループ会社にお願いしたりしましたね。

— 先生はまだBIM (Building Information Model) という言葉がなかったころからこの分野に関わっておられますね。BIMはいま非常に注目されていますからお忙しいのではないでしょうか。

日本建築学会や他の協会でも次第に建築物を3次元情報として考えようとする機運が出ていますが、まだこれからですね。ようやく具体的な形になりつつあるというところです。

— 先生が建設産業に興味を持たれたのは、どんなきっかけでしょうか。

昭和39年に東京オリンピックがあって、私が大学に入る少し前には新幹線ができました。大学に入って数年後に霞が関ビルができて、その後に大阪万博、というような時代で、高度成長時代となり日本の資本整備がどんどん進んだ時代です。住宅が年間180万戸というすごい量を造っていまして、まさに建設業界が注目されていた時代で、私もこの世界に入った次第です。

あの頃から、われわれの年代の建築関係者は、日本の経済・社会のインフラを造ることに邁進、努力してきて、それがいまの建築物のレベルにつながっていると思います。非常にいい時代でした。あの当時の建築のレベルからみると、いま日本が造る建築物は世界のトップレベルになったと自負できます。

発注者が変わってきた

— これまでの成長時代からみて、現在はどんな点が変化していますか。

大きく変わったのは、建物が投資対象のひとつになってきている点です。昔は発注者が自社ビルや自社工場を建てるケースが多かったのが、いまは発注者が建物を建てても、それを賃貸したり売却したりすることが多くなってきました。主要な企業も、本社ビルをリースするという時代になっています。つまり、所有を目的に建てる時代から、賃貸や売却を目的として建てる時代に変わりつつあります。

かつてはゼネコンも設計事務所も発注者との個人的な信頼関係によって強く結ばれていましたが、いまではビジネスライクな関係のウエートが大きくなってきていると感じます。また、建築プロジェクトに、建築の専門家ばかりでなく、たとえばファイナンスの人たちも加わるようになってきています。彼らの考えは、基本的には「この建築プロジェクトでいくらの利回りがあるのか」ということです。ビルがまだ竣工しない段階でも「ここぞ」と思った売り時に売ってしまうことさえありますから、ビルの建設中に発注者が別の人に変わったりもします。こういう状況ですから、建築する側もこの新しい関係を踏まえた考え方が必要になりますね。

— 建物が商品として扱われる時代になったということですね。

それがひとつの大きな流れです。こうした状況が引き起こす課題もありますから、そこへの対応が求められます。発注者からのコスト削減のプレッシャーが厳しいため、なかなか良い建物ができにくいという話もあります。建築関係者としてもう少し主張すべきところは主張して、経済性の視点だけでなく建築としてのあるべき姿も視点に入れていけるといいのですが。

また、技術的な変化としては、本来、建築は現場で、作業者の手作業で造るものだったのが、だんだん部品化建築という流れに変わってきました。たとえば、この校舎も現場打ちコンクリートの躯体以外はほとんど工場製作の部品を取り付けてできていますね。

それから昔は、建物はだいたい30年から40年で解体されていました。名建築といわれた建物でも壊されてしまいます。たとえば丹下健三氏設計の旧東京都庁舎。名建築でしたが壊されてしまいました。われわれが学生の頃の名建築はもうほとんど残っていないのではないでしょうか。しかし、いま建っている建物は基本的には建て直すことなく100年ぐらいを目指しています。成熟化社会に入ってきて、長くもたせる建築の時代になりました。

— 建設産業の変化に対するキーワードは、建物の価値、部品化、長期化ですね。

そういう時代になってきましたので、いままでの建設産業の仕組みを変えていかないといけません。しかし、建設産業は、まだ従来の考え方で動いているところがあります。建設産業は景気が悪いといわれますけど、単に景気が悪いから低迷しているという話ではないと思っています。時代の変化やニーズに合わせて業界を変えていく必要があり、検討する余地はまだまだあります。

つくり手によって品質は変わる

— 時代のニーズに合わせるために何をすべきでしょうか。

建築というのは、きちっとした設計があればどこの建設会社が造っても品質は同じであるという建前論があります。社会もその建前に惑わされており、会計法などは、価格入札して最も安いところに発注してもできる建築物は同じであるという考え方に基づいています。発注者によっては、合見積で業者を競わせ、安いところに発注する。そんなことは建築に限っての話で、たとえばテレビなら、ちゃんとしたメーカーのテレビがいいと、皆が思っているわけです。建築も同じであり、造る人たちの技術や技能によって最終的な製品の品質は異なってきます。お金を掛ければそれだけ品質も変わってくる。それをもっと建設業界は主張すべきですね。

それから、設計と施工の連携です。設計が終ったから、次は施工担当が進める、という話ではなくて、設計は施工する側と協力して設計の密度を上げ、生産を考えた設計としていかなければなりません。設計と施工の連携が益々必要な時代になっています。

新菱冷熱さんでも、渡された設計図に基づいて施工するだけではなく、設計図に基づいて、それを設計者と協力して、実施設計、生産設計へと高めていく、というようなことがあると思いますが?

— 基本計画と実施設計ですね。まずはシステムの概念設計のようなものがあって、その次に実施設計を行います。

その辺のすり合わせを、今後は設計と施工とが連携していかないといけないわけです。現在の設備専門工事業は、基本設計と実施設計の両方を任せられるような、高い技術レベルにあると思います。設計事務所が設備設計図を完成して、後は、施工さえすればよいという時代ではなくて、能力の高い企業が設計も施工もやるから良い設備ができるんだということを、もっと社会に主張してほしいのです。

次は、「建設産業の抱える課題」についてです。

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