第5回
嘉納成男氏 (早稲田大学建築学科教授) に聞く
"建築生産の過去・現在・未来"

建築産業の抱える課題

— ほかにはどのような課題を抱えているでしょうか。

総合工事業や専門工事業の技術力が上がってきている一方で、建設労働者の賃金があまりよくなっていない点ですね。いわゆる職人さんの技能の重要性を考えると、優秀な職人さんの技能に対する見返りは本来1日3万円ぐらいにはなるはずですが、実際はそれよりかなり少ない。さらに問題なのは、人口逓減によって日本の就業労働者数はあと15年すると400万人も減少することです。現在の建設労働人口とほぼ同数の人が15年で消滅してしまう勘定です。そういう状況で、賃金が低すぎるため建設労働者のなり手がだんだん減ってくる。設計事務所や建設会社の技術力がいくら高くても、実際に建物を造る人々が不足し技能が落ちてくると、できあがる建築物の品質を担保することは容易ではありません。

— これから先、現場の職人さんを支えるためには、国や建設業界による賃金レベルの維持や教育支援の体制整備を積極的に考えなければいけないですね。

免許制度などで技能レベルを定め、作業のやり方も日本標準を定めて、有資格者であれば、日本全国同じ作業方法で仕事ができるようになる仕組みを作る必要があります。それが品質をよくする道にもなる。よく教育された人が適正な賃金をもらうと、産業全体の技能レベルが上がって品質もよくなる。 職人さんの技能レベルが高ければ、その職人さんを活用する建設産業の仕事も楽になるはずです。

— 電気工事の作業者は技能レベルが高い方が多いのではないでしょうか。

電気工事は各種の資格があるからでしょう。教育問題は重要です。人を育てれば、ゼネコンもサブコンも仕事が楽になると思います。

将来の労働者不足があるにもかかわらず、労働問題に対応するための建設の機械化・自動化もなかなか進んでいません。1990年ごろまでは建築作業のロボット化の研究や実際の現場への適用が盛んに試みられました。労働者賃金が上がっている間は盛んでしたが、建設産業が不況になり労賃が下がるとこれらの動きも頓挫してしまっています。

企業が採算の合わない研究開発を進めるのは難しいのでしょうが、各企業の建設ロボットを研究していた人がそろそろ定年の時期になっています。将来の建設労働者不足はわかっている訳ですから、これらの人々が有するノウハウがなくならないうちに、国としても研究助成などで推進すべきだと思います。

建築産業の国際化

— 海外での建設工事についてはどのようにお考えですか?

日本の産業がここまで伸びてきたのは、国の施策として旧通商産業省などが産業を育成してきたからです。現在では多くの国内産業が国際的にも通用する産業として育っています。しかし、建設産業は国内の労働者の受け皿という発想で、地場産業として建設産業をいかに育成するかという視点で多くの政策に力が注がれてきています。建設産業を国際的に太刀打ちできる産業に育てていく発想がないのではないでしょうか。 現在、建設産業の海外進出を進める話が出ていますが、国際的な建設会社を育てる話と、建設不況で余っている人材を海外で役立てる話とは、まったく次元の異なる話であり、その考え方に違いがある。日本の市場が縮小しているから海外で稼いでこい、というのは単なる対処療法でしかありません。

学生からも海外で仕事をしたいと聞くことが多いですし、建設産業を発展させるアイディアとして、海外に目を向けることは重要ですが、多くの課題がありますね。建設産業というのはリスクが大きいので、本当に国際化できるのか、私自身はまだ懐疑的です。

まず技術的な信頼を勝ち得なければいけないという点は、国内でも海外でも同じです。海外での建設工事は、その地の文化と日本の文化が違うので難しいという話もよく聞きます。たとえば、建築は機能面だけでなく、壁の色とか仕上げの程度とか非常に微妙なニュアンスがあり主観的な要素が多くあります。相手先との交渉事がスペックだけでは判断できない世界があるためです。新菱冷熱さんのような設備工事だとか、あるいは土木やプラントなど、機能が重視される工事の場合は、ある程度うまくいってる感じがします。契約した性能が保証できるとか、仕様書で定めた事柄の達成の有無が明確に判断できるものは、進めやすいと思います。

日本のゼネコンが海外で工事をする場合、現地の労働者や現地の材料を使用して工事を進めていくことになりますが、工事を運営するために派遣する日本人技術者や管理者の人件費の負担が非常に大きくなります。工事費に占める割合が大きい。最近は所長と次席ぐらいが日本人で、あとは全員が外国人というケースが多くなっています。このような体制で日本の施工技術や管理技術が海外の現場でうまく活用できるかという問題もあります。国内で高い技術と高い管理技術をして良い建築物ができあがっているのは、日本的な管理体制や日本の専門工事業の体制があってこそです。日本人が数人しか居なければその技術や管理の文化を現場に浸透させるのは至難の業といえます。やはり、海外では欧米的なやり方で海外工事を行うという割り切りが必要であると思います。

また、発展途上国で、いまは日本企業が工事を担当していても、その国が経済的に成長して技術力も向上してくると、そのうち自前で建設できるようになってきます。日本の企業が工事に参加できるのはそれまでの期間だけです。そうならないように、発展した段階でも日本の技術が求められるような仕事の仕組みを考えないとダメですね。

— お互いに連携しながら進めるということでしょうか?

やはり日本から技術が出ていくだけではダメで、交流が適材適所で行われて、外国の技術を日本で使ったり日本の技術を外に出したり、そういう連携が国際化ですよね。

こうした課題を踏まえて、たとえば進出しようとする企業が自社の売上の30%を海外工事で得ようとするのか、それとも、いろいろなリスクを考えて10%程度で収めようとするのかを考える必要があります。30%となると会社の本気度が違ってきますから、その辺も明確にしないといけません。

次は、「BIMが開く建築生産の未来」についてです。

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